「ねぇ、アマミネくん。今年の真ん中バースデーの予定って、もう決めてる?」
「え」
百々人先輩に聞かれて思わず固まってしまった。今日は9月1日で、15日には俺たちの2回目の真ん中バースデーがある。去年はサプライズ的な感じで決まって凄く良かったんだけど、正直上手くいきすぎて今年のスケジュールプランがなかなか定まらなくて実は困ってたところだった。
「決めてる?」
「いえ……決まってないです……」
誤魔化しても仕方がないから正直に言えば、何故か百々人先輩は嬉しそうな顔をして「良かった」なんて言ってくる。
「もしかして何か予定入りました?」
「え?ううん。何もないよ」
じゃあ、さっきの「良かった」はどこにかかってくるのだろう。少しだけ首を傾げながら百々人先輩を見ていると、少しだけ何かを迷っているような反応を見せた後に意を決したように俺に視線を合わせて、口を開いた。
「あの、実は行きたい所があって……だ、駄目かな?」
「えっ!全然良いですよ!……実は俺、決めれてなかったんで……むしろ助かります」
「良いの?僕、まだどこに行くかも言ってないのに……」
「先輩が行きたい所ならどこでも良いですよ」
じゃあ、フランスに行こう!なんてぶっ飛んだことを百々人先輩は言わないと分かっているから特に迷わずに頷ける。突拍子もないことを言う人もいるからこの事務所は油断ならない。本気ではなくても反応に困ることがあるから俺はまだまだ新入りということなんだろう。
「それで、どこに行きたいんですか?」
「……えっとね、プラネタリウム」
何年か前に出来たというこの場所はショッピングモールの中にあった。そういえばオープンされた時は割と話題になっていた気がする。俺はそこまで星に興味がなかったから意識の外にあったけど、こういうのは好きな人が多いのか想像よりずっと人がいた。
「百々人先輩、星好きだったんですか?」
「……うーん、それなりに、かな?」
椅子に座りながら聞くと、やたら曖昧な返事が返ってきた。てっきり好きだからデートの場所に決めてくれたんだと思っていたから少し驚いたけど、百々人先輩なりの理由はあるんだと思う。後で聞けば良いかと暗くなる室内に椅子の背もたれに背を預けた。
プラネタリウムの内容は生投影された星座の解説と、9月の星座の説明の映像で構成されていて、星座に興味がなかったから今まで知らなかった由来を知れたしなかなか楽しかった。
今日、9月15日はおとめ座で、その由来となったギリシャ神話は豊穣の女神デーメーテルとその娘のペルセフォネの話でプルトーンにペルセフォネを連れ去られた悲しみから地上の草木が枯れてしまう。それを天井から見ていたゼウスがプルトーンを説得してペルセフォネを地上に戻すようにしたけれど、その前に冥界のザクロの実をプルトーンに食べさせられてしまっていたペルセフォネはずっと地上にいることは出来ず、1年の3分の1は冥界にいないといけなくなってしまいその期間はデーメーテルが悲しむことによって草木が枯れることになる。それが冬なのだという。
「(……これ、プルトーンはどう思われるんだろうな)」
嫌がる娘を無理やり冥界に連れ去り完全には地上に戻れなくしたけれど、1年の3分の2は地上に戻ることを許すのは、寛容と言えるんだろうか。
「プラネタリウム、結構面白かったですね。俺、子どもの頃に1回見た気がするくらいの記憶だったんで新鮮でした」
「うん、綺麗だったね」
プラネタリウムを見た後はそのままショッピングモールで買い物と夕飯を済ませてから百々人先輩の家に行く。明日は休みだから泊まることも家族に伝えてるから何も問題ない。そこは問題ないのだけれど。
「百々人先輩、疲れました?」
「ううん」
百々人先輩はなんだか暗い顔をしている。夕飯もあんまり食べていなかったし、視線がうろうろと彷徨っていて挙動不審だ。口を開いては閉じる様子に何かを言いたいのだということは分かったから、おとなしく待つ。
「え、と……僕、ちょっとお腹空いちゃったか、ら……何か持ってきても良い?」
「え、はい。先輩あんま食べてなかったですもんね」
随分と迷った結果の言葉に少し拍子抜けしてしまった。そそくさと立ち上げって部屋を出ていく百々人先輩の後姿を見送る。すぐに百々人先輩は戻って来た。白い深めの皿で何が入ってるのかは分からないけど、1つしかないしフルーツでも用意していたんだろうか。
「…………」
無言でテーブルに置かれた白い皿の中に入っていたのは、ザクロだった。
一瞬でプラネタリウムで観た神話の話を思い出し、百々人先輩の方を見たら俯いたまま唇を震わせながら先輩が小さく声を出した。
「……アマミネくんは、……食べてくれる?」
その言葉を聞いた俺は百々人先輩を思いっきり抱きしめた。
「あ、アマミネくん?」
まさか抱きしめられるなんて思ってなかったんだろう。困惑したような声で俺の名前を呼ぶのに抱きしめる力を強めながらその形の良い耳に吹き込むように言葉を流し込む。
「先輩、そんなに俺と一緒にいたいと思ってくれたんだ」
「……っ」
欲しがってくれたんだ。この臆病な人が、こんなにも強く俺のことを。ペルセフォネにザクロを食べさせて逃げることが出来ないようにしたプルトーンのように傲慢に俺のことを欲してくれた。その事実に沸き上がって来たのは紛れもない歓喜だった。
「3分の1なんて謙虚なこと言わないでずっと一緒に過ごしましょうよ。俺たちは両想いなんですから」
ひくり、と小さく腕の中の体が震える。そして、ゆっくりと背中に回ってきた腕が強く俺を抱き返してきた。
「うん」
涙混じりだったけれど、はっきりと帰ってきた言葉に俺の視界もじんわりと滲んでしまう。
俺たちには必要のない冥界のザクロだけど、テーブルの上にある赤い実は食べよう。きっと酸っぱくて、とびっきり甘いんだろうから。