空に彼を想う。

空にお互いの姿を見る2人。

学校の帰り道。
生徒会の仕事が長引いたけど、テスト期間はオフになる日が多い。
学生なのだから勉学も大事なのだと主張するプロデューサーに俺は天才なのだからそんなこと気にしなくていいって何度も言っているけれど、毎回他の学生組と贔屓はしないと言い切られてしまう。
仕事相手の依頼には柔軟な対応をするし、基本的に誰に対しても穏やかに接する一方でこれと決めてしまっていることには主張を曲げない。そういうところにたまに苛立つことはあるけれど、色々と世話になっているし言ってることが矛盾しているわけではないからそれ以上文句も言えない。

「(ここのダンスパート、ターンが上手く決まらないから練習したいのに)」

新曲のライブに向けていくらでも練習をしたいのにそれが叶わないのが悔しい。せめて曲を今以上に頭に叩き込もうと取り出したスマホにイヤホンを刺した時、

「っ、」

横を通り過ぎた車のボディに光が反射してほんの一瞬目が焼ける。眩んだ視界を戻そうと瞬きをしながらふと、空を見上げた。
茜色の空、随分と低くなった太陽を見れば、頭の中に1人の人間が現れた。
色素の薄い髪、柔らかい色の目の先輩。
今、俺の目に見えている色にその人を連想させるものはないのに消えないその人は、こちらを見ているのかよく分からない目をしている。穏やかなのに、ふとした瞬間に鮮やかさを失ったような印象を受けることがあるその人。

「(……似てる、かもしれない)」

ゆっくりと光を失っていく夕日がその先輩……百々人先輩の姿に重なった。
足が地面に縫い付けられたように動かなくて、沈んでいく太陽を見送る。視界からそれが完全に消えて、頭の中の百々人先輩もゆっくりとその姿を消した。
そうしてやっと動く気になったらしい足で駆け出す。
先輩は事務所にいる。今日はプロデューサーが事務所にいるはずだ。どうせ嬉しそうにぴぃちゃんと呼びながら事務仕事でも手伝っているんだろう。テスト期間なのに。

「(仕方ないから、俺も手伝ってやりますよ)」

そんな言葉を言うために走る。実際に手伝う気はあるけど、それが終わったら一緒に屋上に行って少しだけ空を見よう。頭上に光る夜を。太陽が無くなっても光が無くなるわけではないですよって言ったら先輩はきっと、

「(意味が分からないって顔を、するんだろうな)」


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目が覚める。
なにか夢を見ていた気がするけれど、思い出せなかった。でも、きっとろくでもない夢だと思うから別に良い。部屋はまだ暗くて、何時なのかとスマホを見れば、5時を少し過ぎたくらいだった。二度寝をしたいけれど眠気が来る気配がなくて仕方なくベッドから出る。
勉強をする気にも食べなくなって久しい朝食を食べる気にもならない。どうやって時間を潰せばいいのか思いつかなくて、なんとなくベランダにでも出ようと窓に向かう。
カラリ、と軽い音をたてて開いた窓から朝の冷たい空気が流れ込む。昼間はだいぶ暑くなってきたけれど、朝はまだ冷え込むみたいだ。

「…………」

ぼんやりと空を見る。特に目的もなく外に出たからそれくらいしかやることがなかった。
どれくらいそうしていたんだろう。少しずつ周りが明るくなってくる。夜が明けるみたいだ。せっかくだからそれを見届けようとそちらに視線を移す。夜の蒼がピンク色に染まってゆっくりとオレンジに変わっていく。姿を現した太陽の光が思ったより眩しくて少し目を細めた。
ふと、この感覚に覚えがあることを思い出す。

「(アマミネくんを見てる時みたいだ)」

まっすぐと前を向く強くてキラキラとしたその目。自信を纏って歩くその姿。眩しくて、目が焼けてしまいそうになる時がある。

『太陽が無くなっても光が無くなるわけではないんですよ。百々人先輩』

テスト期間なのに事務所にやって来たひとつ下の彼に誘われて一緒に夜の屋上に行った時に言われた言葉を思い出す。唐突すぎて意味が分からなったし正直反応に困った。そんな僕の様子を気にすることなく少しだけ笑って、戻りましょうと言った彼に僕も曖昧に笑みを返すしかなかった。
夜を思わせる色を持って、朝焼けのような光を発する彼の傍にいたら、僕も少しくらいは照らしてもらえるんだろうか。そんなことを考えて、薄く笑う。
それが期待するものなのか、そんなこと起こるはずがないという自嘲からくるものなのか、自分にも分らなかった。

「眩しい、な」

朝が来る。