アンタの好みになりたい

よりかっこよくなるために頑張る天峰秀の話。

「かっこいい人かな」

ダンスレッスンの休憩時間に出来る限り自然に聞いた質問の答えがこれだった。
好みのタイプは?なんて自分が誰かに聞く日が来るなんて少し前なら考えられなかったけれど、どうにも今隣に座っている百々人先輩相手だといつものペースが崩れてしまう。

「かっこいい人ですか」
「うん」

かっこいい人、ですぐに思いつくのは今日は生徒会の仕事で遅れて来ることになっている鋭心先輩だ。背も高いし顔も良い上に頼りがいもあって、凛とした真っすぐな性格に妬む者はいても心底嫌う人間なんていないんじゃないかと思う。もうほぼ答えが出たんじゃないかこれと凹む気持ちをなんとか抑えて百々人先輩を見れば、パチリと合った視線に少し息をつめてしまった。

「……鋭心先輩とかですか?」

誤魔化すように口にした言葉があまりにも自滅を呼んでいて聞いたのは自分なのに答えを聞くのが恐ろしい。いっそ曖昧に濁してほしいと願ったけれど、そんな俺の願いなんて当たり前だけど百々人先輩には届かない。

「あー、マユミくん、かっこいいよね」

この答えに正直心が折れるかと思ったけれど、いや、認識してないだけで実際に一度折れたのかもしれない。でもそれを認識するより早く沸いてきた何もせずに負けを認めるなんてかっこ悪すぎる。という気持ちだった。俺は天才で何でも出来るけれど、それは一人で完結出来る世界の話だってことは理解してる。誰かと何かをしたいのなら合わせたり高めあう努力は必要不可欠だ。
つまり何が言いたいかというと、

「(なってやろうじゃん。かっこいい男に)」

ということだ。鋭心先輩にはなれなくても、かっこいい男を目指すことは俺にだって出来る。自分を甘やかしているつもりは微塵もないけれど、もっと上を目指してやれることをやってやる。
そう決意したちょうどその時に講師の人と鋭心先輩が一緒にレッスン室に入ってきて、休憩と一緒にその話題は終わった。


その日の夜から徹底的に自分を高めることが出来ると思うことを始めた。
咲さんにスキンケアのことを聞いたり、悠介さん京介さんとリフティングしたり(途中から冬馬さんも加わってた)、四季や春名さん、隼人さんと流行りのファッションやヘアアレンジのことを話したりもした。もちろん勉強を怠るなんてことはしない。全部を伸ばすつもりだし、俺にはそれが出来るって分かってるから遣り甲斐もあった。

「うん、秀くん凄く良くなったよ」
「ありがとうございます」

ダンス講師の人に感心したように言われて、今日も良い感じに終われそうだと壁を背に座って鋭心先輩が躍るのを見る。何度見ても安定感とキレがある動きで見ているだけで勉強になるな。なんて思っていたら、百々人先輩が隣に座って何も言わずにじっと俺の方を見てきた。

「……どうしたんですか?」
「…………」
「百々人先輩?」
「…………」

なんなんだろう。勘違いかもしれないけど、少し機嫌が悪そうにも見える百々人先輩に首を傾げると、口を開きかけては閉じを数度繰り返してから小さな声で話し始めた。

「アマミネくんさ」
「はい」
「最近かっこよくなったよね」
「そうですか?」

努めて冷静に返したつもりだけど、多分少し語尾が上がった。手応えは感じていたけれどこうやって本人に直接言ってもらえてテンションが上がらないはずがない。せめて顔には出さないようにと気合を入れる。そんな俺の様子に気付かない百々人先輩は視線を逸らしてさらに小さな声で続けた。

「あんまりかっこよくならないでね」
「え」
「アマミネくんがこれ以上かっこよくなったら、僕、困るから」

そう言って少し頬を染めてそっぽを向く百々人先輩になんでこんなタイミングでそういうこと言うんですか。とかもう少し詳しくお願いします。なんて問い詰めたい気持ちを必死に飲み込んで、1秒でも早くレッスンが終わることを願った。