ある日、木陰の下にて

武者小路実篤と有島武郎の2度目の夏の始まり。


力強く濃い色に変わってきた芝生の感触を靴底で感じながら彼を探し歩く。
日差しも柔らかさが薄れ、日によっては刺すように目を焼く日もあるくらいだ。
気を付けなければ熱中症になりかねないと森先生も言っていた。真夏のように暑ければ彼も場所を選ぶだろうが、今朝は少し涼しかったからもしかしたらがあるかもしれない。
そう思って彼の居そうな場所をいくつか回っていれば、裏庭の他より少し大きな木の下で彼を見つけた。
生き生きと空を目指すように伸ばされた枝と葉が作り出した影の中、読みかけの本を膝に乗せて静かに眠りに落ちているその姿はまるで絵画のようにも見える。
穏やかなその寝顔にほんの少しの逡巡したが、彼のつま先にキスする光にこのまま彼を寝かせていると日の傾きが彼を照らすことになると気付いてさっさと己も影の中に入った。
今日は湿度が高くないので木陰が日を遮ると涼しさを感じる。少し熱くなった頭の頂辺をぽんぽんと2回叩いてから彼に声をかける。

「有島、もうすぐお昼だよ」

起きる気配はない。少し声量を上げもう1度呼ぶが、その瞼は震えもしない。

「有島」

肩に手をついて少し揺らしながら名前を呼ぶ。ぴく、と動く瞼に彼が夢からの帰還を始めたと確信してそれを待つ。
見つめる先でゆるりとのぞいたざくろ石のような色がぱちりぱちりと緩慢に見え隠れした後、こちらを見上げたきた。

「……武者さん?」
「うん。おはよう、有島」
「おはよう。……また、いつの間にか寝てしまっていたみたいだ」

少し苦笑しながら膝の上の本を閉じる彼に手を差し出す。

「もうすぐお昼だよ。志賀がなにか冷たいものを作るって言ってたんだ。早く行かないと全部食べられてしまうかもしれない」

その言葉に今度は柔らかく笑いながら「それは大変だ」と言って手を取り立ち上がった彼の手をそのまま引く。
木陰を出るとチリリ、と日が冷めた頭を再び焼き始めた。

「夏が近付いてきてるね」
「ああ。この間秋になったと思ったのに、もう次の夏がくるんだな」
「今年は僕達も菊池さん達が貰っていたような服が貰えると良いね」
「え…いや、どうかな…司書さんも忙しいだろうから」
「一緒にお願いしようよ。志賀も連れてさ」

そう話しながら去っていく2人を見送る木々が、そよりと吹いた風でさわりと揺れる。
空は青く、白い雲が夏の訪れを告げていた。