「誕生日おめでとう、ノートン」
「ありがとうございます、イライさん」
そう笑い合って、この歳になってバースデーケーキの蝋燭を消すことに照れながら、ふぅ、と揺れる火を吹き消した。
そして、僕は思い出した。
思い出して、しまった。
僕が10歳の時に悲しい事故で僕以外の家族全員が死んだ。
僕も体中を怪我して、たくさん傷が残って痛かった。
でも、それ以上に僕のことを疎ましく見てくる大人の目が怖かった。
「うちは無理よ」
「うちだってそんな余裕はないわ」
「もう施設に預けた方が良いだろ」
「でもそれじゃあ世間体が」
そんなやり取りが延々と繰り返されるのを骨壺の入った箱を抱きしめながら聞いていた。
いつ終わるんだろう。早く終わってほしい。ここは怖い。どこか違うところに行きたい。
いっそ、
「いっそ全員死んでくれたら……」
「すみません、遅くなりました」
低いのによく通る声に視線を上げると、申し訳なさそうな顔で精悍な顔の男の人がこちらに歩いて来た。
「あら、イライさん!」
「やあ、久しぶりだね。元気そうで何よりだ」
先程までとは全然違う明るい声で話す大人達にゾッとする。
僕のお父さんは、お母さんは、そんなに嫌われていたんだろうか。
お葬式の間頑張って我慢していた涙が零れそうなって唇を強く噛む。駄目だ。今泣いたらまたあの目で見られてしまう。
「なんの話をしていたんですか?」
「あぁ、いや、この子を誰が引き取るかという話をね」
ほんの少しだけ言いづらそうにお父さんの兄らしい人が言った。
お父さん達よりずっとこの人達に好かれているイライさんという人はそうなんですか。と穏やかな声で答えて僕の方を見たようだった。
「それなら、僕がこの子を引き取っても良いですか?」
「君が?でも君の仕事の邪魔にならないかい?」
「とんでもない。私はこの子の父親にとてもお世話になりましたから。それに、」
「本人の前でこんな会話をする人達にこの子を幸せに出来るとは思えませんから」
僕に向けられたわけではないのにビク、と体が震えてしまうほどひんやりとした声でイライさんは言って、ゆっくりと僕の背を押して部屋から連れ出してくれた。
部屋から少し離れた他に人のいない廊下でゆっくりと僕の前にしゃがんでさっきとは全然違う穏やかな声で話しかけてくる。
「さっきも言った通り私はあなたのお父さんにとてもお世話になったんです。もしあなたが嫌でなければ、私の家族になってくれませんか?」
「……僕は、迷惑にならないですか?」
「あんな言葉、気にしなくて良いんですよ。迷惑なんて思うはずもありません」
「…………よろしく、お願いします……」
優しい言葉に我慢してきた涙が次から次に零れてくる。泣き止まないとと思うのに、箱で両手が塞がっていて拭くことも出来ない。そんな僕をイライさんは何も言わずに優しく抱きしめてくれた。
「改めて、私はイライ・クラークです。よろしくお願いしますね」
「ノートン・キャンベルです。よろしくお願いします」
あの後、泣きじゃくる僕を車に乗せて帰ったマンションの最上階の広い部屋のリビングで真っ赤になった目元を擦る僕の手を取り優しく笑いながら名乗りあって、僕と彼は家族になった。
それが僕、ノートン・キャンベルと彼、イライ・クラークの出会いだった。
いいや、違う。
僕と彼の本当の出会いはもっと前…………所謂‟前世”と呼ばれる、そんな世界でのことだ。
【あの頃の話】
「新しく来た人ですか?初めまして、私はイライ・クラークと言います」
「……ノートン・キャンベルです」
僕が荘園に訪れて最初に出会ったのが彼だった。
名乗りあって、お互い手袋越しに挨拶をして。
彼は、イライさんは、─── イライは、口元に穏やかな笑みを浮かべて、よろしく。と言ってくれた。
穏やかな人柄の彼はその能力も相まってとても慕われていたけれど、実は僕は彼が少し苦手だった。
”視える”彼に僕が隠していることがバレてしまうのが怖かったのもある。
でもそれ以上に、僕が彼に惹かれていることがバレてしまうのが怖かった。
なのに、
「あなたのことが好きです」
彼はそう言って、ぎこちなく僕の手を握った。
僕は断らなければいけなかったのに。
それが出来ないほど、僕は彼に惹かれてしまっていたのだ。
彼との日々は穏やかに過ぎた。身体を重ねることもあった。あまりにも優しく抱いてくれたから、壊れ物じゃないんだからと苦笑したのも数えきれないほどで。
幸せだったけれど、どこかで僕はずっと自分には分不相応なものだという思いは消えなくて。
だから、彼に婚約者(大切な人)がいることに安堵したんだ。
僕と彼の関係はこの荘園の中でのみ成り立つものだとしっかりと認識できたのは大きい。期間限定の関係ならば思いっきり楽しんでも良いかと思えたから。僕は彼に笑いかける。彼も笑みを返してくれた。
「ゲームが終わる?」
「ええ、広間に荘園の主からの手紙がありました」
それはあまりにも突然だった。
荘園の主から告げられたゲームの終了。
各々の欲しいものを与えるという言葉通りに翌日にはみんな戸惑いつつも嬉しそうにしていた。
そして荘園が閉じる日。
別れの挨拶をしあい散り散りに歩いていくみんなの背を見送る。
荘園の門の前に残っているのは僕とイライだけになった。
「では、ノートン……」
「うん、さようなら、イライ」
「…………え?」
***********
「ノートン?」
「……ぇ、」
びくり、と体が強張った。走馬灯のようなそれに眩暈を感じながら顔を上げる。
目の前で見慣れた、見慣れすぎた彼が心配そうな顔でこちらを見ていた。
「どうしました?顔色が悪いですようですが」
「あ、え、ううん、なんでもないです!ケーキ美味しそうだなって思って……」
「……そうですか。先にご飯を食べてから切りましょうね」
「はい!ご飯も美味しそうです」
そう言って食べたご飯もケーキもほとんど味を感じなかったのはお察しだと思う。
戻った自分の部屋で頭を抱えて蹲る。戻った記憶のこともあるけれど、この身になってからの記憶も僕にダメージを与えていた。
何故疑問に思わなかったのかと昨日までの自分を詰りたい。
普通17歳にもなって大きいとはいえ一緒にお風呂に入るか!?一緒のベッドで寝るか!?
この部屋にもベッドはあるけどほとんどその仕事をしたことがないことにドン引きしてしまう。
それに加えて、どう考えても性的な触れ合いをされている現実。遠回しに取られてる言質。
囲われてる。疑いようもないほどに囲われてる。
お通夜のような気持ちになっているとコンコン、と控えめに部屋の扉がノックされた。
「……っ、はい!」
「お風呂が沸きましたよ。入りませんか?」
無理です。と即答しなかった自分を褒め称えたい。
カラカラになった喉から絞り出すようにして答える。
「あの、ちょっと体調が悪いので、後で入ります」
「大丈夫ですか?では、待っていますね」
「いえ!1人で大丈夫です!僕ももう18なので!」
「………そうですか。では、先に入りますね」
「はい!ゆっくりどうぞ!」
そうして扉から離れた様子を窺ってすぐに扉に向かい耳を当てて全神経を集中させ、彼の動向を探る。
ガラ、ガラリ、と風呂場の扉が開閉した音に身を翻してタンスに嚙り付き一番大きな鞄に着慣れた服と下着を何着かずつ突っ込み、出来るだけ音を出さないように部屋から出て足音を立てないように廊下を通り玄関へと向かう。
いや、僕もイライのこと好きだけど、これはいけない。
このままでは僕はとんでもないことになりそうだし、イライもおかしくなってしまいそうだ。
ちょっと落ち着きたい。高校生の身じゃ2,3日の家出が良いところだろうけどしないよりマシだ。
とりあえず友達の家に、駄目なら野宿でも構わない。とにかく外に────
内開きの扉を開けて外に出ようとしたけれど背後から伸びてきた手が勢いよく僅かに開いた扉を閉めた。
「こんな時間に、どこに行くつもりですか?」
「…………ぇ、と……ぁ、の……」
今まで聞いたことのない氷の刃のような冷え冷えとした声に適当な言い訳すら浮かばずに喃語のように意味の無い音を溢す僕の手首を掴んでドアから引き剥がし、流れるように鍵を閉めご丁寧にチェーンまで掛けたイライに引き摺られるように彼の部屋へ連れていかれる。
乱暴に閉められたドアを見る暇もなく寝慣れたベッドの上に放られ、彼が覆いかぶさってきた。
「っ!あ、あの、イライさ……」
「イライと呼んでください」
「な、に……」
「誤魔化さなくて良いんですよ」
「思い出したのでしょう?」
そう言って重ねられた唇は、この身では初めてで、でもひどく馴染みのあるもので。
あの頃の、荘園で過ごした日々を思い出させた。
【あの頃の話】
「ノートン、なにを……」
戸惑った様子で僕の名前を呼ぶイライに首を傾げる。
僕を気遣って残ってくれたのだろうからもういいよ。という意味で言ったのだけど彼には伝わらなったのか。
「今までありがとう。あなたに貰った時間は本当に楽しかったです」
「なにを言っているんですか?そんな、別れの言葉のようなこと」
焦ったように言葉を重ねてくる彼が分からない。なにをそんなに焦る必要があるんだろう。
もしかして、僕の今後を心配してくれているんだろうか。優しい人だ。本当に僕には勿体ない人だった。
「僕はここに残るから。もう大丈夫ですよ」
「どうして!?」
「?、だって、僕には戻る場所も戻りたい場所もないから」
僕の腕を強く掴みながら彼が声を荒げる。珍しい。喧嘩した時だったここまで大きな声は出ていなかったのに。
でも、最後にまたひとつ彼のことを知れて嬉しかった。
「婚約者さんとお幸せに」
僕は心から笑って言う。少しだけ心がさみしいと泣くけれど、それ以上に彼の幸せを祈れた。
「─────」
腕を掴む力が緩んだ隙をついて彼から離れる。
少し泣いてしまいそうだったから急いで彼に背を向けて荘園の門をくぐった。
ガシャン、と門が閉まる音がしたと思ったら突然濃い霧に覆われ玄関への道だけがなんとか見える状態になってしまって慌てて走る。
「───── !!!」
名前を呼ばれたような気がしたけど、きっと気のせいだろう。
そうやって彼と別れた僕は荘園で残りの人生を過ごした。サバイバーで残ったのは僕だけだったけど、ハンターには数名残っている者がいて、不思議と僕に優しくしてくれた。ルキノさんと鉱石や彼が研究していることについて話したり、リッパーさんやジョゼフさんとお茶をしたり、はたまた新しいゲームの手伝いをしたりもした。そして時々思い出して彼の幸せを祈る。そうやって穏やかに老いた僕は、彼らに見送られて永遠の眠りについたはずで。
***********
あの頃に幸せを願った彼は僕を見ながら本当に嬉しそうに笑う。
でもその目に宿る感情は形容出来ないようなドロドロとした恐ろしいものに見えた。
「やっと思い出してくれたんですね、ノートン。嬉しいです。純粋に私を慕ってくれるあなたも可愛かったですが、やっぱりあの頃を覚えているあなたが良い。─── あの日を、あの行為を覚えているあなたが、良い」
「……イライ、は、覚えて……?」
「もちろん。物心ついたころからずっとあなたを探していたんですよ」
にこりと笑うその顔は優しいのに、この空間の空気はどんどんと重くなっているように感じる。
「ノートン。どうして私を捨てたんですか?」
「……捨てた?僕が?イライを?」
あまりにも覚えのないことを言われて思わず聞き返してしまう。すると、僕の上に陣取るイライの顔から笑顔がストン、と剥がれ落ちた。前世を含めて見たこともない無表情でこちらを見下ろしてくる。体の奥底からジリジリとせり上がってくる恐怖に身が竦んだ。
「あぁ、やっぱり。あなたのあれは”善意”のつもりだったんですね」
「……あ、の……なにを……」
「あの日。あなたが一人荘園に戻っていくのを見た私の気持ちが分かりますか?あの後に私が何を思って生きたのか少しでも想像できますか?出来ないですよね。出来たらあんな酷いことが出来るはずがない」
イライは僕の返事など必要としていないようだ。ギラギラとした、いっそ殺意と言ってしまっても良さそうな瞳でこちらを凝視する様に背筋に嫌な汗が流れる。
知らない。だって彼はいつでも穏やかで、優しくて、あの狂ったゲームの中でも芯の通った強さを持っていて、幸せになるべき人で、だから僕は、
「”婚約者さんとお幸せに”」
「……っ」
「あの日あなたが私に言った最後の言葉です」
「だ、って、あなた、は……」
「ノートン」
僕がなんとか言葉を紡ごうとするのをバッサリと切り捨ててイライは続ける。
「あなたは始めから終わること前提で私と付き合っていたんですね。私の愛してるを話半分に聞いて、僕も好きだよなんて言葉を返していたんですね。酷い人。でも私も悪かったと思っているんです。鈍感なあなたのことを分かっているつもりでいたのですから。あの荘園を出る日がきたらきっとあなたは私と共に来てくれるんだなんて信じていたんですよ。伝わっていると思っていたんです。想い合えているなんて愚かに信じ込んでいたんです。だから今世で前の記憶を思い出した日に決めたんです。あなたを探し出して今度こそあなたの全てを手に入れるんだと。安心してください、今回は誰とも特別な関係にはなっていませんから。だって私が欲していたのは求めていたのは焦がれていたのはあなただけですから。だから安心してずっと傍にいてくださいね。本当は二十歳まで待とうと思っていたんですよ?でも思い出してくれたのならもう良いですよね?ああ、これでもっと深く繋がれますね」
優しい手つきで下腹を撫でられ身体が跳ねる。逃げ出そうと身を捻ったけれど、あっさりとうつぶせに拘束されベッドに沈む。身体の震えが止まらない。そんな僕の頬に手を滑らせる彼の手はどこまでも優しい。それが一層恐ろしかった。
「ヒッ……」
「”その身体”でするのは初めてですから。優しくしないといけませんね」
そう言って、イライは、蕩けるような顔で笑った。
「……っ、……ぅう…………」
ぬちゃ、くちゅ、と粘着質な音が部屋に充満している。時折空気の潰れるぐぷ、という音は一際胎内に響いた。先程イライが言っていた通り”この身体”は男を受け入れたことはなく、もちろん拡張も開発もされていない。だから下肢を襲うのは違和感ばかりで。
でも、僕は知っている。
身体が知らなくても頭が理解してしまっているんだ。
この行為が気持ちいいということを。
「……っ!ぁ、」
ぐり、と腹側のある一点を指で強く押し込まれると違和感しかなかった中に小さく、けれど無視することは出来ない甘い痺れが走ってしまう。そんな声の変化に彼が気付かないはずがなく、嬉しそうな声で言う。
「良かった。”ここ”は前と変わっていないんですね」
「ゃ、やだ、っあ、おねが…っ!そこ、ゃだ……!」
拒絶の声とは裏腹に異物を締め出そうとしていた孔がふわりと開いて柔らかく挿入された彼の指を食んで奥へと誘い始めてしまった。ローションをまとった2本目の指が挿ってきても少しの圧迫感はあっても痛みを感じることはない。その後も急くことなくどこまでも丁寧に時間をかけて解された後孔は今や3本の指を飲み込んでしまっている。身体からはとっくに力が抜けて、イライが腰支えているから尻だけが高く上げられ全てが彼に曝されている酷い状態だ。ぬるりと胎内を蹂躙していた指が抜かれ、身体を仰向けにひっくり返される。抵抗する力があるはずもなく汗やら涙やら鼻水やらでぐちゃぐちゃの顔を彼の眼前に曝した。
「ふふ、可愛い。ノートン、挿れますね」
ドロドロに解けた後孔に熱く猛った物が押し当てられ、そのまま腸壁を押し上げながら僕の体内に沈んでいく。身体が痙攣して跳ねる。馬鹿になってしまった頭に浮かぶのは疑問だけだ。
どうしてこんなことをするんだろう。優しかった彼はどこへ行ってしまったんだろう。
「ノートン、いっそあなたをこの部屋に監禁してしまいましょうか。そうすれば、あなたはずっと私の傍にいてくれるのでしょう?」
揺すぶられながら降ってくる彼の言葉に思考が沈んでいく。
そうか、僕が彼を変えてしまったんだ。
優しくて、穏やかだった彼を自分本位に僕が殺してしまったんだ。
じゃあ、しょうがないや。
何を言われても、何をされても、しょうがないんだ。
だって、
僕が悪いんだから。
「っ、ノートン、今度こそ、一緒に。ずっと傍に。どこにも行かないでください。もう無くしたくない」
ぽたり、と温い雫と共に落とされた悲痛な声にぼんやりと沈んでいた思考が戻ってきた。
いつの間にか律動は止まっていた。ずるりと中を穿っていた物が抜けていく。
「ちがう、ちがう、私はこんなことがしたかったんじゃない……私は、……私、は………」
あなたと一緒に生きたいだけなのに。
空気に溶けて消えてしまいそうな小さな願いだった。
さっきまでの狂気はどこにも見当たらず、静かな悲しみだけがひたひたと彼を満たしている。
その姿に僕はようやく本当の意味で気付いた。自分がどれほど酷いことをしてしまっていたかに。
「イライ、イライ、ごめん、僕、馬鹿だったんだ」
身を起こして俯いてしまった彼に手を伸ばす。
「自分が傷付きたくなくて、あなたを傷付けてしまった。今更気付くなんて本当に馬鹿だ。あなたが怒っても仕方がない」
ゆるゆると顔を上げたイライの綺麗なベニトアイトは水気を含んで透き通っていた。胸に込み上げてくる愛おしさにそっと瞼に口付けた。ほろりと零れた少ししょっぱい雫を舌で掬い嚥下する。至近距離。見開かれた彼の瞳を見つめたまま言葉を続ける。
「許されるなんて思ってない。ううん、許さないでほしい。でも、もし叶うのなら、願っても良いのなら、」
あなたの隣で生きさせて。
随分と都合のいいことを言っている自覚はあった。でももう目を逸らしたくはない。
少しの間のあと、くしゃりと歪んだ顔をしたイライに思いっきり抱きしめられた。
肩に顔を埋めて小さく嗚咽を漏らしながら泣く彼の背に僕も腕を回す。
なんだかようやく繋がったような気がして、僕の目からも自然と涙が溢れてくる。
ぐちゃぐちゃに汚れたシーツの上で乱れた服を直すこともせずに抱き合う2人の男なんて外から見たら随分とみっともなく見えるだろう。
でも、ここには紛れもなく幸せが満ちていた。
「ノートン、味をみてもらって良いですか?」
「うん。……もう少し味濃くても良いかも」
「そうですか。では少し足しましょう」
休日の昼間。僕たちは並んでキッチンに立っていた。
あの日のあの後、一緒にお風呂に入って汚れたシーツを剥がして部屋の隅に放って適当に新しいシーツを敷いたベッドで抱きしめ合って眠った。不思議と欲は伴わずただただ穏やかなそれに翌日綺麗に寝過ごして遅刻し、18歳になって早々職員室に行く羽目になったのは余談である。
それから数日。誕生日の食事をやり直そうとイライに提案され、僕もそれに乗った。あの日の料理は買ってきたものだったけど、今回は一緒に作ろうよと僕が言えばイライは頷いてくれた。
「改めて、ノートン、誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、イライ」
食事をしながら色んなことを話した。主に前世の思い出話だったけれど、学校の別のクラスにいる荘園の頃の仲間と同じ姿の人がいたことに気付いて驚いたことやすれ違った小さな女の子の持っていた風船がペットにそっくりだったことなんかも話す。
「ノートン」
「なんだい?」
いくらでも湧いてくる話題の隙間で名前を呼ばれて首を傾げて彼の言葉を待つ。
イライは穏やかに微笑みながら、
「食事が終わったら、少し出掛けませんか?」
「いいけど、どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみということで」
まさか宝石店に連れていかれて指輪を作ることになるとはこの時の僕は想像してもいなかった。
その指輪はそれ以降ずっと僕の左薬指を飾り続けている。