とろり、甘く。

「ノートン、これで何回目ですか？」
「ごめんごめん、ちょっと油断しててね」

夜行の呆れ半分怒り半分の言葉に謝罪を返しながら、しゅるり、しゅるり、と小さく布ずれの音を立てながら軽く擦りむいて赤くなった手首に包帯が巻かれていくのを見る。大したことないからと言っても彼がそれを止めたことはない。パチリと包帯止めをつけられたからありがとうと言って彼に預けていた手首を引いたけれど、夜行はそのまま緩く僕の手首をつかんだ。

「夜行？」
「ねえ、ノートン、もう止めませんか？何度その身が捕らえられそうになって、売られそうになって。そこまでしなければいけないほどお金に困っているわけではないでしょう？」

その言葉に思わずきょとりと目を瞬かせてしまった。
なるほど、彼はここに来てそれほど日が経っていないのだから知らないのか。
不思議と彼ははなんでも把握しているような気がしていたから言っていなかったようだ。どうりでやたらと心配されると思った。

「確かに僕はお金も宝石も好きだけどね、それ以上に気持ちいいことが好きなんだ」
「……は？」

彼にしては珍しい呆気にとられたような声を出したかと思うと、掴まれたままの僕の手首に向いていた彼の視線がこちらに向く。仮面越しで瞳など見えやしないのにぞわり、と微かに鳥肌が立ったような気がした。

「……すみません、何が好きだと……？」
「だから、僕は気持ちいいことが好きなんだ。だからセックスをしてるんだよ。お金とか宝石とかはその副産物のようなものだ」

僕としては別に要らないのだけど、不思議と関係を持ったほとんどの人がくれるのだ。別に突っ返す理由もないのでありがたく貰っている。たまに今日のような目に遭うこともあるけれど何故かどこからともなく友達がやってきて助けてくれる。最近は夜行が多い。

「…………は？」

さっきとは違う地を這うような声にビクッと体が震える。手首を握る力が強くなって、思わず引くけど全然動かなかった。
怒っている。何に対してかは分からないけれど、夜行から溢れる怒気が凄い。背中に嫌な汗が流れた。

「え、えっと、夜行？」
「気持ちいいから誰とでも寝ているんですか？」
「だ、誰とでもってほどでは、ない、けど……あの、ほら、薬とかに手を出すよりは安全だし……」
「何度も攫われかけて何が安全なんですか？捕まった先で何をされるかも分からないのに？それとも毎回誰かが助けてくれるとでも？」
「い、いや、そんなことは思ってないよ…………そうなったら、そうなった時かなって……」

言うと怒られなかったことがないから言わないようにしていた言葉が思わず出てしまう。
一層増した怒気に、あ、まずい。と思った時には座っていたベッドに背中を押し付けれらていた。
混乱する僕のシャツの裾から入り込んできた夜行の手が明確な意図をもって腰を撫でてきて、慌てて掴まれていない方の手でその手を掴む。

「夜行！僕は友達とそういうことをするつもりはない」
「友達？私は貴方のことを友人だと思ったことはありません」
「……ぇ、あの、やこ」
「イライ」

呆然と彼を見上げていると、掴む力が抜けた僕の腰に添えられていた手をゆっくりとした動作で彼自身の顔を隠している仮面に掛けた。
そういえば彼の素顔を見るのは初めてかもしれない、なんて場違いなことを考えながら仮面の向こうから現れた両目が開かれるのを見ていると、ゆっくりと開かれた瞼の向こう、今まで見たことがないほど美しい青に、一瞬で心奪われてしまった。
キラキラと輝くその瞳の奥にドロドロとした執着の色を載せ、ゆるりと細められた2つの目が僕を捉えている。

「イライ・クラーク」

その手から零れた仮面がカツン、という音を立てて床に落ちた。

「今から貴方を抱く男の名前です」

─── 覚えてくださいね。

そう言って夜行は、イライはにこりと笑った。




「あ゛～～～！♡ぁ゛っ～～～♡～゛～っっっ゛！！♡♡♡」

身体があつい、このまま溶けちゃいそうだ。
粘っこい音と僕の喉から出る獣じみた声が部屋に響く。
後孔に埋められた3本の指がバラバラに動いたり気持ちいいしこりを撫でたり押したり挟んで震わせたりする度に腰がガクガクと痙攣してしまう。頭の上で両腕を緩く拘束された状態で後孔を嬲られながら胸の尖りに舌を這わされ、時折甘く噛まれるとたまらなかった。快楽に従順な僕の身体は前を弄られなくても射精できる。繰り返される絶頂に薄くなった精液がしこりを押される度に押し出されるようにとぷりと漏れた。

「イ゛、ら゛ぃ！！♡やめ゛っっ！！♡♡、ま゛た゛、イ゛っち゛ゃう゛♡から゛ぁ゛！！！♡♡♡」
「どうぞ」
「や゛、ゃ゛っっっ゛♡♡お゛ぉ゛！～～～～～～～っっ゛っ！！！！！♡♡♡♡」

ついに出るものが無くなってしまったのか陰茎からは何も出ずにドライオーガズムで絶頂する。真っ白に染まった視界にとうに飲み込めなくなっていた唾液が頬を伝う感触さえ異常なほどに気持ちいい。

「ぁ゛～～～～～♡♡ぁ゛♡……ぁ゛、ヒィっ！！！」

ぬるりと散々後孔を穿っていた指が引き抜かれる。そんな刺激でさえ今の身体には毒だった。
力の入らない足を片方抱えあげられ、ぷちゅ、という音を立てて熱いものが溶けた後孔に押し当てられる。
身体はもう限界なはずなのに慣れたそこは熱を飲み込もうとクパクパと口を開けて亀頭を舐めしゃぶってしまう。お腹の奥がきゅんと疼く。

「ねえ、ノートン。良いですか？」

ずるい。聞かなくたって分かるはずなのに。
そっちだってそんなに興奮してるくせに。
ずるい。
ずるい。

「イ゛れて゛っ！♡僕のおく゛に゛っっ！♡イ゛ぁ゛い゛の！！ほし゛ぃぃぃああ゛ぁぁぁ゛ぁ゛ぁ～～～！！！！！♡♡♡♡」
「……っ！は、ぁ……」

ばちゅんっ、と一気に結腸口まで穿たれて舌を出して2度目のドライオーガズムでの絶頂に意識が遠のきそうになったけど、叩きつけるようなピストンによって与えられた暴力的な快感に引きずり戻された。

「お゛っっっ！！♡♡あ゛っ、あ゛っぁ゛っあ゛っ゛！！！♡♡♡ま゛っ、い゛ま゛！♡イ゛って゛る゛！♡か゛らぁ゛！！♡♡まって゛ぇ゛っっ♡♡♡」
「……っは、待てません、気持ちいいの、好きなんでしょう？」
「き゛も゛ち゛、い゛ぃ゛！か゛、らっっ゛！！♡♡♡あた゛ま、おか゛し゛く゛なる゛♡♡♡お゛っっっ♡♡♡」
「おかしくなって。……っ、私のことしか考えられないようになってください」

絶え間なく与えられ続ける快感に絶頂から降りてこられない。ショートした頭に時折聞こえるイライの気持ちよさそうな声が染み込んでとっくに彼のことしか考えられなくなっている。いつの間にか拘束が解けていた腕を彼の首に回し、下ろされた足を彼の腰に絡めて自分からも腰を振った。そしてちょうどそのタイミングが合った拍子にぐぽっ、と音を立てて彼の陰茎が僕の結腸に入ってしまった。

「お゛っっっっ♡♡♡ぁ゛～～～～～～～～～っっっ♡♡♡♡♡」
「……ぐっ！」

プシャッ、と勢いよく僕の陰茎から透明な液体が迸り、イライを濡らし、お腹に溜まっていた精液と混ざって腰を通ってシーツに流れたのとほぼ同時に奥の奥で彼の熱が弾ける。

「あ゛、ぁ゛っ゛……いら゛いの、ぁっぃ…………」

その熱さに当に限界を超えていた身体と頭が急激に溶けて、意識が遠のいた。




ふ、と意識が浮上した。痛む腰を押さえながらなんとか起き上がると、身体は綺麗に清められて服も着ている。
のどの痛みにケホ、と咳き込むのとほぼ同時に部屋のドアが開いて水差しとコップを持ったイライが入ってきた。

「ああ、起きたんですね。喉が嗄れているでしょう？水を持ってきました。飲めますか？」

頷いてコップに注がれた水にご丁寧にストローまで挿してあるそれを受け取ろうとしたけど、力が入っていないのか上手く握れない。苦戦していたら口元にストローを持ってきてくれたのでお礼を言って二口ほど飲むと、少し喉に沁みたけど人心地つけた気がする。

「身体は大丈夫ですか？」
「あちこち痛いよ」
「すみません、少し無理をさせてしまいましたね」

少しなんてものじゃないけど、それよりも聞きたいことがあったからそちらを優先させることにした。目を合わせる勇気がなかったから視線はコップに向けたまま。

「イライは、僕のこと友人と思ったことないって言ったよね？」
「言いました。私は最初からそこに落ち着く気はありませんでしたから」
「それは、僕のこと、好きってこと……？」
「いいえ」

まさか否定されるとは思っていなかったから思わず彼の方を見ると、まっすぐとこちらを見据える青とかち合う。

「好きなんて感情では収まりません。愛してます、ノートン」

真剣な顔に真剣な声。疑う余地などないそれに一気に顔に熱が集まる。
そんな僕に口元に緩やかな笑みをのせて彼は言葉を続けた。

「初めて心から欲しいと思った貴方。気持ちいいことが好きなら私がいくらでも気持ち良くしてあげます」

ゆるりと熱くなった頬を彼の少し体温の低い掌が撫でる。たったそれだけなのに身体の芯に火が点いてしまいそうになる。

「知っていますか？梟って一途なんですよ。だから、」

愛おしそうに甘く甘く囁くその声に頭がじぃんと痺れた。

「逃げられるなんて思わないでくださいね」

そう言って近付いてきた顔に瞼を下ろせば優しくついばむようなキスをされる。
その甘さにひどく心が満たされた。