淹れたてのコーヒーに小さじ一杯の砂糖とミルクを入れスプーンでくるくると渦を描く。
トレーに載せてさて、と歩き始めたところでテーブルの上にあるバスケットに入ったクッキーの存在に気付いた。
少しの期待を込めて覗き込めば『ご自由にどうぞ』というメッセージカードが入っていたのでありがたく数枚いただくことにする。
では改めて。
ギィ、とやや重量感のある食堂の扉を開けると暖まった食堂と冷え切った廊下の温度差にぞわ、と鳥肌が立った。
夜の帳が下り切った廊下は照明の灯りが点っていてもどこか物悲しく見える。
気を付けてはいても消しきることは出来ない靴音を微かに響かせながら、己の吐く息とトレーの上に乗ったふたつのマグカップが立てている湯気を置き去りに彼の部屋へと向かった。
コン、コン、
小さくドアを叩く。シン、と静まり返っている廊下には大袈裟なほど響いたように感じた。
近くの部屋の者たちはどうやら留守にしているらしい。もしかしたら食堂で酒でも飲んでいるのかもしれない。誰かと一緒にいたいと思うのも無理はないと思うほど今日はよく冷えている。
キィ、と小さく空いた扉の向こう。彼は、ノートン・キャンベルはいた。
「本当によく分かりますね」
少しの呆れを滲ませた声はそれでもどこか甘いように感じる。恋人の欲目というやつなのかもしれない。
どうぞ、と招かれて入った彼の部屋がは廊下と大差ないような寒さだった。
けれどそれを忘れてしまうような部屋の様子に自然と笑みが浮かぶ。
「綺麗ですね」
「もう何回も見たでしょう」
「何回見ても綺麗ですから」
キラキラなんて表現ではまるで足りない。空に散りばめられた星たち。空もただ黒いだけではなく濃い青や赤を帯びた紫が混ざり合い
この広いとは言えない部屋を丸ごと満天の星空に浸していた。
「熱いので気を付けてくださいね」
いそいそとベッドの上に戻って毛布を肩にかけた彼にカップを差し出す。
ありがとう、とお礼を言う彼の隣に己も手に持つカップに気を付けながら座り、壁に背を預けた。
パサリと肩に掛けられた毛布に今度はこちらから礼を言う。
「こんなに寒いのに。イライさんは変わってますね」
「私が変わっているなら自発的にこの状況を作っているあなただってそうでしょう」
「僕は良いんですよ。好きだから」
随分と綺麗な棚上げだ。ずず、と隣から液体を啜る音がする。
「あったかい」
人工の星明りに照らされた彼は安心したような顔で笑っていた。
冷たい空気に浮かぶ星をいちまいの毛布に包まり愛おしい人とふたりで見上げる。
「綺麗だね」
「ええ、本当に」
じんわりと滲んでくる幸福にカップを傾けて中身を啜る。熱すぎないその熱が、酷く心地よかった。